会社生活を駆け抜け(た)日々

55歳でひとまず会社生活に区切りを付けたその後の日々

頑張れ、死ぬな。

こんにちは、curiosです。


さて、こんな私でも、ここまで会社員生活を続けて、それなりには頑張って来たという自負があります。


一体なにに頑張って来たのか?言うまでもなく、仕事、それに付随する様々な人間関係の構築、といったところです。


その頑張りは、報われたのか?わかりませんが、一応こんな形でも生活を続けることが出来ている、という点では報われたというべきでしょう。会社員という形でいたからこそ、『傷病手当』を受給することが出来、療養しながら給付金で生活することが出来ています。


ですが定年まで会社に残ることは出来なかった。それは私の頑張りが、恐らくは歩留りのいいものではなかったからでしょう。組織というものが、こちら側に引き寄せてあげようというようなメリットを抱くような存在ではなかった。


私はどうも会社のなかでのそういう立ち回りが苦手です。会社組織をうまく渡っていく人はそういう術を心得ている人が多く、本当に尊敬してしまいます。そういう人は、生まれ持っての才能があるというべきでしょう。


そういう意味では、会社生活に於いては私の頑張りは空回りしていた。それではこれからは、なにに対して頑張るか。


それは勿論、『死なない』ということに対してです。


やはりここに来るまでの道筋には、死というものに対して向き合わざるを得ない場面がありました。お恥ずかしい話ですが、『死にたい』というのが口グセになっていた時期もありました。そういうことを口にする人間にはなかなか運は巡って来ない、というのも知りつつ、そのクセを治すことは出来なかった。


ですが50歳を過ぎ、経済的な先行きに対する目途も付いて、一体なにに不安があるか、と問われると、特に見当たらないのです。そうか、取り敢えずは山は越えたんだ。越えたという表現が適当かどうかわかりませんが。


それならば、後は『死なない』ということだけに注力すればいいんじゃないのか。適応障害の現在、やはりそういう不安が頭をもたげることはあるけど、そんなときは残りの人生、好きなことだけやって生きてもいいんだ、と頭を切り替えることにしています。


キャンプや釣り、生き物との触れ合い、その他好きなことを一生懸命やって、頭からそういう発想を追い出す。そのことで『死なない』ということを『頑張る』。決して怠けるという意味ではなく、『死ぬな』、というメッセージを内側から自分に発信しているんだ、と思いながら楽しみをこなしていく。


頑張れ、死ぬな』、なにかのスポーツ飲料のキャッチコピーにはならないけど、自分のなかでは立派なスローガンとなります。

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