イヤなことを思い出すのは浄化のため
こんにちは。
昨日の解禁釣行は、あまり人が入っていないエリアを流したのですが、最後の堰堤で1バラシしただけで終わりでした。あくまで解禁はお祭りなので、手ごたえがあっただけでもよしとします。
テント泊は基本的には快適でした。夜は星空が綺麗でした。
朝方は結構ダラダラしてしまい、9時頃までのんびりしていました。それから釣りに入り、13時頃に撤収しました。
テント内では主に考え事をしていました。そして昔のイヤなことを思い出すことが多かったです。
なぜ楽しいことをしているのにイヤなことを思い出すのか、理由はわかりませんが、それもひとつの浄化ということなのでしょう。目を背けるより、ひとつの事実として向き合った方が解決に繋がるということだと思います。
そのひとつとして、私が最初に入った会社でのお話しをしたいと思います(別に聞きたくないという方はお帰り下さい)。
私がまだ未熟だった頃、会社の先輩は様々な形で私の性根を叩き直そうとしていました。
私は当時は難聴で、よく物が聴き取りにくいということもあったと思います。そして周りは成形機械のガシャンガシャンという音で、尚更聴き取りにくかったと記憶しています。
そんななか、作業主任の方が私に仕事の心得のようなものを得々と仕込みます。私は聞き取りにくかったのですが、それでも必死に話に付いて行こうと、
『ハイ、ハイ』と返答します。
ですがその方は、『お前、今俺がなにを喋っていたのかわかっているのか?実はまったく関係のないことを喋っていたんだぞ』、としてやったりという表情で話します。
『お前が空返事ばかりしているから、試しに仕事とまったく関係ないことを喋ってたんだよ、結局、なにもこっちの話しを聞いていない、ってことだな』
私ははぐらかされたような気になってしまい、作り笑いを浮かべているのが精いっぱいでした。
人の話をうわの空で聞いているのはよくない、という教えだったのかも知れませんが、大抵の人はその人が話をしていれば、それに相槌を打つはずです。多少聞き取りにくかったとしても、後で話の前後を合わせてこういうことだったのか、と推測したりすると思います。
ですがその主任は、こちらのそういう思いも無視して、敢えて聞き取れないぐらいの小声でまったく関係のないことを喋ってみた。そして私のことを試したのです。
いったいそんなことになんの意味があるのでしょう?話というのは相手にキチンと伝わるように話すのも義務だと思います。聞き取れないようならもっと大声で喋るとか、機械のそばから離れてあげるとかすればいいだけの話しです。それを人を試すようなことをして、その人を小馬鹿にして楽しんでいるのです。
この時点で、もうこの先輩の人間性というのがわかると思います。ですが当時の私は、自分がまだ未熟だということもあって、そうか、まだ自分は至らない所だらけなんだな、と自責の念に駆られるのみでした。当時の私にこう言ってやりたいです。
『おい、〇〇、人間なんてロクでもない奴ばかりなんだから、そんなに気にすんな』と。