会社生活を駆け抜け(た)日々

55歳でひとまず会社生活に区切りを付けたその後の日々

凶悪犯罪によって起きた実害

いままで様々な凶悪犯罪が起こりましたが、世間の暮らしぶりに影響を与えてしまったという意味では、池田小児童殺傷事件の宅間守と、京アニ放火殺人事件の青葉真司が挙げられると思います。


池田小児童殺傷事件の場合は、それまでとくに立ち入りの規制されていなかった学校構内に、明確な形で規制が入りました。柵などの設置もそうですが、周りをうろついているような人は、なんとなく警戒されるというような、精神的なバリアも掛かってしまいました。


また京アニ放火殺人事件は、ガソリンを凶器に使ったことで、それまで普通に買うことの出来ていた携行缶での購入が、かなりやり辛くなってしまいました。セルフのスタンドではほぼ出来ず、有人のスタンドで、渋々許可を頂くという感じです。


小学校の周辺というのは公園もあり、人がのんびりと歩くには最適の場所です。たまに歩くと色々な発見もあったりします。そんな穏やかな気分も、他人から疑いの目で見られているかも、なんて考えが支配すると、吹き飛んでしまいます。これこそが、宅間守が犯した犯罪の、実害ともいえるものです。


また以前にガソリンを携行缶に入れようとしたら、監視員が飛んで来て、犯罪者みたいな扱いを受けてしまいました。そして書面に住所氏名用途などを記入して、やっとの思いで売って貰ったことがあります。これだけのことになってしまうなんて、と改めて京アニ事件の被告のことを恨みました。


このふたつに共通する点は、ともに周りの大人が過剰ともいえる反応をしてしまっている、ということです。


小学校の場合は、事が起きてから、PTA集会があったり、登下校に付き添ったりと、そのときだけ過剰ともいえる反応をします。そのヒステリックともいえる対応がいつの間にか定番となってしまいました。


ガソリンスタンドも、もう今後は携行缶での給油は難しくなりそうです。ですが京アニ事件が起きる以前は、普通に売っていたのです。それがいちいち用途を聞かれたり、怪しまれるような対応になってしまった。これって極端過ぎますよね?


日本の社会はなにもないときは大らかで、なにかあったら即厳戒態勢になるという感じで、あまりにも両極端なような気がします。それが犯罪の抑止になる、と思っているのでしょうが、見方によっては大衆の良識というものにまったく期待しないという、幼稚な対応にみえます。


宅間守も青葉真司も、あんなことをやる人間は、本当に極稀なはずです。

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