会社生活を駆け抜け(た)日々

55歳でひとまず会社生活に区切りを付けたその後の日々

渡る世間は鬼ばかり

私は会社生活を途中であきらめ、セミリタイヤに近い生活を選んだ人間です。


なんとか定年までは行けるかなと思ったのですが、すこし見込みが甘かったようです。


決して自分のことを打たれ弱い人間だとは思っていませんでしたし、むしろ打たれ強い方なんじゃないかと思っています。何故なら自分のような性分で、ここまで来れたのですから。


しかし残念ながら、『定年まで』ということは叶わなかった。決してそれが優劣に直結することではないにしても、そこが出来るか出来ないかで、この社会のなかでの評価というのは決まってしまうように感じます。


私はよくこのブログ内で、『人間の愚かさ』について語って来たと思います。そして、大方の人間について、まあロクなヤツがいない、ということを主に語って来ました。


しかしそれはあくまで自分が受けた長年のダメージから出た一方的な意見であって、そうは思っていない方も沢山いると思います。


人間ってそんなに、悪いもんじゃないよ、そんなことを言う方もいます。そして、とにかく人を愛しなさい、というアドバイスを授ける方々もいます。そういう著作も幾つか出ていますね。


そういう本を書く人たちというのは、私とは歩んで来た道のりが違うんだろうな、と端的に思います。そして幾つかそういう本を読みましたが、私の心にはどうにも響いて来ませんでした。


私の残りの人生の目標は、これまで受けて来たような理不尽な仕打ちを、極力受けないようにする、そのために、自分の培って来た経験と知見のすべてを注ぎ込む、ということにあります。


それでも人を愛しなさい、なんてフレーズは、入り込む余地すらありません。


ですが似たような道のりを歩んで来た人たちには、響くものがあるんじゃないかと思います。世の中の方向性というのも、段々こちら側に傾いて来ていると感じます。


ヘタな博愛主義を植え付けるのは、その人に致命的なダメージを与えることがあります。


『渡る世間は鬼ばかり』或いは『人生は戦いである』、そう思っていた方が間違いありません。


これは私が伝えられる存在がいたら伝えて置きたいことのひとつです。

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