会社生活を駆け抜け(た)日々

55歳でひとまず会社生活に区切りを付けたその後の日々

どこで間違ったのか

今日、葬儀費用などを振り込みに地方の銀行へ行って来ました。


窓口で呼ばれると、そこには高校の後輩の姿がありました。部活で一緒だった女子で、卒業してからずっとここで働いているみたいです。


私はひと目でわかりましたが、あちらはどうかわかりません。ずっと事務的な対応で通しました。


高校を卒業してずっと勤めているのなら、給料もかなりの額になっている筈です。


もちろんいい所に入ったからって、楽しいことばかりとは限りません。嫌なこともそれ相応にあることでしょう。でもあまりの進み行きの違いに、すこし愕然としてしまいました。


私は『うまくやって行く』、という能力が、決定的に欠けているということはわかりました。


昔読んだとあるブログで、『私は、会社に勤めるというのは嫌なことを体験しに行くことと思っているので、すこしくらい嫌なことがあっても気にならない』、という言葉がありました。このときはなるほどな、と思いましたが、それを文字通り実行出来るというのは凄いことだと思いました。


そしてきっと、この社会でうまくやって行ける人は、その言葉に似た人生訓のようなものを、どこかで手に入れたのでしょう。その入手先はわかりませんが。


まさか自分で考えた末の結論だったら、驚きです。


それにしても、日本という国は、こういう暗黙の掟みたいなものが往々にして要求されるので、私にはとても付いて行けそうにありません。そこには言外を読む、という能力が要求されます。


言外を読まずに、キレたり、放り出したりしたら、もうこの日本という社会のレールからは逸脱したことになります。それだけこの日本の社会というのは厳しいのです。


この後輩の姿を見たとき、いったい自分はどこで間違ったのか、と思いましたが、よく考えれば自分からすでに道を『下りて』いたのです。

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