会社生活を駆け抜け(た)日々

山に釣りに、リタイヤ後の人生を謳歌する日々です

もう体が動かず、限界と思う(退職)

curios

こんにちは、curiosです。


毎日ガンガンにこき使われ、若い頃には少々のことではビクともしなかった身体にも、あちこちガタが出て来ました。


元々渓流釣りをやっていたこともあり、足腰には自信があったのですが、足の踏ん張りが効かなくなってきました。


職場は肉体労働で、一日歩き詰め、なんてこともあります。そんなに人をこき使って、何が楽しいんだろう?と管理者を問い詰めたいときもあります。


また人使いが荒いため、人が年々減って行きます。ここ3年でも、3人減りました。皆最後は後味の悪い去り方をして行きます(まあもちろん、定年退職以外は後味は悪いですが)。


新しい人を募集しても、その圧倒的な待遇の悪さになかなか入って来ず、また入ってもなかなか居着きません。仕事が過酷だからです。


つまり私の会社は見事にデフレスパイラルを、職場で実践してることになります。人が入ってこない→仕事がきつくなる→耐えられず、他に職を探す→また人がいなくなる→人が減ったとしても給料は上がらない→残った人たちで現在の仕事と同じ量の仕事をしなければならなくなる→益々いがみ合う→給料は上がらない、です。


これが現代日本の、恐らく底辺と言われる会社組織の、まさに実態だと思います。どんどん自分たちで自分たちの首を絞めてゆき、足を引っ張り合う、そして耐えられない人間が脱落して行く。もう私も脱落を(自ら)覚悟しているのですが。


ですが辞める人間は、恐らく会社に問題提起したり、現状を語り合ったりするべきではないと思っています。そんなことをしたって変わるわけはないですし、私はもう日本型の経営形態は、『オワコン』だと思っています。自由な討論や、ディスカッションを許さない空気があります。


本当に、身体の自由が利かなくなる前に、退職出来れば、思っているのはただそれだけです。

アル中(気味)なのはしょうがない

curios

こんにちは、curiosです。


いまの職場はもろブラックで、作業は過酷、有給消化できない、残業はほぼ付かない、と三拍子揃った超エリートブラック企業です。


私はいま53歳ですが、その歳では身体が持たないんじゃないか、という業務内容を平気で押し付けてきます。


55歳でFIRE、という新たな目標が出来たので、なんとかそれを原動力にして頑張れていますが、すこし身体の不調も感じています。


家に帰っても、風呂に入って、お酒を飲んで、動画を見ながら寝落ちしてしまう毎日です。


もちろんお酒は飲まないに越したことはないのですが、疲弊した身体&凹んだ心に、これほど効く薬もありません。嫌なことがあった日なんかは、『飲まなきゃやってられない』気分です。


飲酒量は、大体350mlの缶チューハイを2本、という感じで、それで寝落ちする、という感じです。なんだかアル中の扉に手を掛けている、という状況ですが、いまはしょうがないな、と思います。


私は引退したら、まず趣味の山歩きや釣り、キャンプなどのアウトドア系をやりまくりたいと思っていますので、そういうことに没入していれば自然とアルコールの毒気も抜けていくでしょう。


趣味というのはとても大事で、たとえそれをやる時間的な余裕がなくても、そのことを考えているだけで、心が幾らか穏やかになります。また私の選んだ趣味というのは比較的お金の掛からないものばかりで、セミリタイヤした方々のブログを見ても、山歩きなんかは定番です。


アルコールというのは会社生活に縛られた者の鎖みたいなもので、きっと会社から解き放たれたときには(多分)必要なくなっていると思います。


というわけで今宵はアル中(気味)なのを幾分正当化するだけの記事でした。内容がなくてスミマセンm(__)m

FIREは自分にとっての救いの思想・其の二

curios

さて、本屋で投資関係の本をパラパラとめくって、FIREというライフスタイルを発見した自分は、


「これはまさにこれからの自分の指標となる生き方だ」、と実感します。


このFIREという生き方が、アメリカから発祥したということ、つまりいちばん経済や文化の進んだ国から広まって来た考え方だということも、その確信を高めてくれました。なにしろ自分はアメリカが大好きです。ハンバーガーや、コカコーラ。ジーンズにポップコーン、挙げればキリがありません(ちょっと古いか)。


まず何より、アーリーリタイヤというのが経済的エリートだけの特権ではなく、ごく普通の、というよりは経済的に困窮している人でも可能だという点が気に入りました。徹底的に支出を見直すことによって、固定費を削り、浮いた分を投資に回していく。そして4%ルールという方式によって、資産を取り崩すことなく暮らしていける、という考え方です。


つまり自分のような社会的に虐げられてきた人間にも、等しくチャンスはあるということになります。


その先見性、さすがアメリカだと思いました。そして先だっての、自分の貯蓄額が大台に乗っていた、という事実。


この二つが、自分のなかで合わさってスパークしました。


いままで、苦汁を舐めながらもなんとかしがみ付いてきた会社生活。いいことなんてないけど、とりあえず生きて行こう、いや、生きて行くしかない・・・。前向きになんてなれない性格ですから、生きて行くしかない、という心境だったと思います。行く会社行く会社で、躓き、心を打ち砕かれた日々。


ですが、本当のヤケ(自暴自棄)は起こさなかった。日々のストレスも、多少はお金(衝動買いなど)で解消したけど、借金をするというところまでは行かなかった。むしろ節約を心掛けた。


そういうなんやかやが、報われた瞬間だと思いました。自分にはまだ、逆転のチャンスがある。


会社勤めは、いまでも苦しいですが、苦しみの質が、すこし変わったように思います。不遜ですが、『こいつらには俺のことは絶対わからない』という憐み、そういった目で周りの人間を見ることが出来るようになりました。


そんな感情がしばらくは渦巻いていましたが、これからはそのFIRE達成の項目のひとつひとつを行動に移さなくてはならない、と気持ちを引き締めることにしました。


・・なんだか私の悪いクセで、ややドラマチックになり過ぎるきらいはありますが、とにかく『FIREに出会って、自分は救われた』、ということです。ここに来て下さる皆さんにも、通じるものがあるといいのですが。