何のために山に登るのか
昔、なぜ山に登るのか?という問いかけに対して、
『そこに山があるからだ』
という定型文がありました。
まあそれはそうなのですが、それだけでは積極的な回答になっていないような気がします。
健康のため、綺麗な景色を見たいため、山を征服したいという気持ちのため、など、色々な理由があると思いますが、私はどちらかというとそういう牧歌的な理由からはかけ離れています。
私の山に登るいちばんの理由は、
『下界から離れてトランス状態になりたいため』、です。
私がこれまで登った山には、過去に修験道の霊場だった山があり、修験者たちが修行をしていた場所という過去があります。
そんな山では、過去の修験者たちの息遣いが聞こえて来るような気がします。
修験者たちの修行内容は、山をひたすら駆ける、滝に打たれる、瞑想する、などいろいろありますが、どれも厳しいものだったということです。
それに較べれば、私がやっていることなんてただの遊びという風に取られてもしょうがないと思います。
ですが当時の修行も、決して厳しいだけというわけではなかったと思います。
そこにはひたすら山行を続けることで得られる『トランス状態』のようなものがあったと思います。
修行というもののなかには、苦しみのほかに得られるものがかならずあり、むしろそれを求めて、修験者たちは山へ入って行ったのです。
苦しいだけの行為なんて、いまも昔も率先してやる人はいません。
なんらかの見返りがあるか、或いはその行為に得難い快楽があるかのどちらかだと思います。
というわけで、私も自分なりの快楽を求めて山に分け入りたいと思います。