隙がなさ過ぎる社会
世のなかがどんどん不景気になって来て、みんな自分の食い扶持を確保することで頭がいっぱいだと思います。
私だって、なけなしの資産でどうやってこれから食い繋いで行くか、ということを常に考えていますから。
投資だけで食って行くには元手がすくな過ぎますし、自分でなにかを始めるということも考えているのですが、それが実を結ぶのはいつのことかわかりません。
そんなことをしているうちに、終焉のときがやって来て、結局は夢のようだったな、と感慨に耽ることになるのかも知れません。そう思えるだけマシということなのでしょうが。
さて、日本人の大半の人たちは、しっかりと自分の生活設計が描けている頭のよい人たちです。
資産の管理、運用にかけては抜かりがなく、またうまい儲け話なんてのには乗らない隙のない人たちです。
ですが、それではあまりに面白みがありません。
人間には、社会には、隙というものが必要なのです。
こういうと、それじゃあオレオレ詐欺のようなものに引っ掛かって騙されてもいいのか?と重箱の隅を突くような人が出て来そうですが、そうではありません。
例えば、そういう人たちだけで構成された社会というのを想像してみて下さい。
息が詰まることと思います。
絶対に損をしない方法ばかり選んで物事を進めたり、人に対して損得勘定でしか相対しない人種。
そんな世のなかでは、窒息してしまいます。
じつはいまの日本が陥っている閉塞感は、不景気から来るのではなく、それによってガチガチになってしまった社会から来ているのです。
これだけ物質的に豊かになった国で、幸せを感じられないというのは、なにかが間違っていると思います。
どこかの辺境の国の方が、よっぽど幸せじゃないか?という疑問が、大方の日本人の頭のなかに居座っています。
騙されたりするのはもちろん嫌ですが、もうすこし社会や横の繋がりというものに隙が必要と思います。