会社生活を駆け抜けた日々

山登りと読書の日々

終戦の日

curios

今日は終戦の日です。


この『終戦の日』は、以前は『終戦記念日』と言っていました。いつから『終戦の日』に変わったかは定かではありませんが、毎年買っている大判のカレンダーからは、その表記さえ無くなっていることに気付きました。


8月6日は『広島原爆の日』、8月9日は『長崎原爆の日』と表記されているので、戦争に関しての記述的なものを載せなくなった、というわけではありません。


それぞれの原爆が落とされた日は記載されているのに、なぜ終戦の日が記載されていないのか?その意図的なものを考えると、どうやらあまり宜しくない印象を受けます。


まず日本が戦争に負けたのに、敗戦と呼ばないで、終戦という言い方をしていることに違和感があります。連合国側から突き付けられたポツダム宣言を受託し、日本は無条件降伏をしました。降伏というのなら、敗戦とするべきでしょう。


これについて歴史の専門家は、いろいろごたくを並べて擁護することと思います。史実に基づいて、こういう経緯があったから終戦とすることになったのだ、などと、難しい用語を並べ立てて正当化するのでしょう。


ですが終戦というのは、双方の力が拮抗しているため、無駄な戦いを終わらせたい、と思ってするものだと思います。アメリカと日本のような、明らかに力の差を見せ付けられて、どう転んでも勝てない、というところまで追い詰められたケースを、敗戦と呼ばずになんと呼ぶのでしょう?歴史の専門家に聞いていみたいところです。


そもそも、開戦の段階で、アメリカの経済力とまともにやり合っても勝てない、と冷静な判断をする人はいなかったのでしょうか。山本五十六は唯一それがわかっていたといいますが、それでも真珠湾を急襲して短期決戦でカタを付けるという作戦を打ち出したとのことです。素人の私でも、それ、どうにもムリがあるだろう、とツッコミを入れたくなるぐらいの稚拙さです。


昨日、町の図書館に行ったら、原爆写真展が開催されていました。原爆の爆風を浴びて皮膚がただれた人や、その後の後遺症で死ぬまで苦しんだ人、また差別に一生苦しめられた人など、様々な人の写真が展示されていました。


これを見て、二度とこんなことを繰り返してはならない、というのはもっともですが、なにを繰り返してはならないのか、その所在が曖昧になっている気がしてなりません。


原爆を落としたのはアメリカですが、そのアメリカに無謀な戦いを挑んだのは日本です。繰り返さないというのなら、当時の日本で開戦への流れを作って行った軍部や政治家、或いは時の最高権力者たちを、のきなみ弾劾し、つるし上げて、こいつらの所業です、とさらし者にしなければなりません。


日本にはまだまだそういった自浄精神が欠けているような気がします。

×

非ログインユーザーとして返信する