孤独〇のなにが問題なのか?
メディアではいま、孤独死の増加が問題となっているようです。
孤独死というのは、近所とのコミュニケーションがうまく取れない、付き合いが希薄な独身男性に多いとのことです(まるっきり私です)。
そもそも孤独死のなにが問題なのか?
ひとついえるのは、住んでいる住居の瑕疵の問題でしょう。変死などではないにしても、そこで発見されるまで放置されていた、となると、そのあとに住む人への印象が悪くなります。
ですが、それ以外になにがあるのか?というと、すべての理由は後付けに過ぎないのでは?という気がするのです。
そもそも、自然界に棲むほとんどすべての生物の最期は『孤独死』です。誰かに看取られたり、壮大な葬儀をしてその人を葬り去るなんてことは、人間以外にはあり得ません。
それを考えれば、ようやく人間も無駄な儀式の不要性に気付き始めた、ということでしょう。人が死ぬ度毎に莫大な費用、大勢の人の手間が発生し、当事者への負担は莫大なものとなります。
それらの殆どが業者絡みのものとなっており、すべてはその業界団体の利益となる仕組みとなっています。
これから家庭を持たない人が増え、また身内もすくなくなるので、孤独死というのは避けられない現象になると思います。一戸建てにしろ、マンションにしろ、その人が発見されるまで放置される、というケースは増えて来るでしょう。まさか動物のように、最後は山のなかに入って目に付かないところで、なんて、体力のなくなった老人には恐らくムリだと思います。
そういった事情を鑑みれば、孤独死によって発生する最大の問題は、その物件の持ち主の後処理、という一点に尽きると言っていいでしょう。
国や自治体は、孤独死しそうな境遇に置かれている人の情報を把握し、それらの人々が臨終を迎えそうな状態になったら、速やかに病院なり施設に搬送する、そういった制度を構築すべきだと思います。
孤独死をする人は、なにも自ら進んで孤独死を選んだというわけではなく、社会の過酷さや歪みによってその境遇に陥らざるを得なかった、という人も多いのです。つまりその責任の半分は国にあります。
このような状況をみすみす看過して来た、その一端を国が負うということになんの問題があるのでしょう?