若さ故の成れの果て
学歴詐称で辞職を求められている伊東市の田久保市長ですが、大学を除籍されたということは、相当なことと思われます。
この田久保市長は現在55歳ということで、私よりも3学年年下ですが、ほぼ同年代と見て構わないと思います。
日本の大学というのは、入学するのは難しいとされていますが、卒業はよほどのことがなければ問題ないとされています。行ったことがないのでわかりませんが、単位をひとつかふたつ落としても、卒業論文さえ期限内に提出すれば、まず卒業出来ないということはないと、聞かされていました。
当時はバブルの真っ只中で、日本中にお祭り的な空気が溢れていました。大学に入ったとしても、楽しいイベントが目白押しで、講義なんてそっちのけで、遊び回っていたとしても不思議はありません。
ですが、それはそれとして、当時でも私立ならそれなりの入学金、授業料は掛かる筈です。それを払っておいて、殆ど講義にも出ず、日本中をさすらっていたというのなら、その人はあまりにも時間とお金に対する感覚が希薄です。
たとえ遊びにうつつを抜かしていたとしても、卒業までには帳尻を合わせ、卒業論文を提出し、教授に泣き付いて、卒業に漕ぎ付けるというのが常識人の感覚です。それすらしないで全国を旅して回っていた?私から言わせれば、社会人としての管理意識が欠落しています。
この田久保市長は、当時の日本にすくなからず存在していた、お祭り騒ぎに便乗して時間とカネを無駄にしたのを経験と捉え、若さ故の過ちなどという言葉で美化した人間の、成れの果ての姿ともいえます。