仙人
山に登っていると、この人はひょっとして仙人なんじゃないか、と思われる方に遭遇します。
足取りは軽やかで、颯爽と登って行かれます。
挨拶もちゃんとしてくれ、こちらの体調に気を遣ってくれます。
いろんな山のことを知っていて、私が知りたい山の情報も出し惜しみせずに教えてくれます。
ですがどことなく生命感がないというか、存在感が希薄なのです。
ひたすら山に登るという行為を続け、この世のしがらみのようなものから離脱してしまったのではないか、という印象を受けます。
私も山に登ると、なんとなく下界から離脱する瞬間があると感じることがあります。
様々な種類のじっとりと身体に纏わり付く重み、それがフッと消えてなくなる瞬間があり、もしかしたら自分はそれを味わうために山に登っているのかも知れない、と考えるようになりました。
その重みは、重力的な重みもあるのでしょうが、自身の思念から生じる重みもあり、それらは首筋にじっとりと纏わり付いて来ます。
その思念は、この社会で生きなければいけないというプレッシャーから生じるものであり、自身をこの社会に繋ぎ止めるための鎖のような役割も果たしています。
それは日常では意識していないもので、山に登って行くとそれが実感されます。自分は日常生活に於いてこんな重荷を背負っていたのか、と。
それがフッと消えてなくなる瞬間が、自分にとってはいまのところ最上の瞬間です。
もしかしたら自分も仙人化への道を歩んでいるということかも知れません。