フランドン農学校の豚
宮沢賢治は日本の童話作家のなかでも群を抜いて優れていると思います。
よく日本の小説にある、私小説や心境小説など、なぜそんなものを書かなければいけないのか?と思う作品があり、辟易させられます。
『夜明け前』で有名な島崎藤村は、自分の体験をもとに小説を書きました。その体験が、貧困のために自分の子供たちが病死してしまうことだったり、実の姪を妊娠させてしまい、自分はフランスへ逃亡してしまうことだったりとか、まあ散々です。
またとある有名な心理学者が、対談のなかで、
「私は物語は好きなんですよ。でも日本の小説の神様と呼ばれる人が書いたものがなんにも面白くない。だから文学はわからないんだということにしておきました」
と言っていました。
私も日本の苦渋に満ちたような小説はどうも好きになれません。それなら童話などを読んでいた方がよっぽどマシじゃないかと思います。
宮沢賢治も童話のカテゴリに入れられていますが、その奥深さというのは別格で、何十年も読み継がれている理由がわかります。また童話というには少々残酷な面もあり、それが死というものに敏感な人たちへ訴え掛ける要因にもなっていると思います。

- フランドン農学校の豚
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『フランドン農学校の豚』は、屠殺される豚の内面の描写があまりにも残酷で、辛くなりまます。賢治は農学校に勤めていたときに豚の屠殺に立ち会ったことがあるそうで、その体験をもとにこの話を書いたと思われます。
豚が運動のためという口実で、ムチを持った職員に連れ出され、口笛を吹きながらムチで叩かれる、その場面で、
(この世はほんとうにつらいつらい、本当に苦の世界なのだ)、と考察します。
これはいまの日本人の大半が思っている感情なんじゃないかと思います。政治は混迷を極め、就職難で勤めるところもなく、老後の不安も常に付きまとうという、本当に八方塞がりの社会。
この世相に於いて、主人公である豚が、見事にいまの日本人の境遇とシンクロしています。