正論が通じない人は排除されて行く
市議会解散に伴う伊東市議選が、12日に告示されました。
そもそもこの選挙は、田久保市長の学歴詐称に対する不信任から始まったものであり、市議会側になにか落ち度があった、というわけではありません。
争点はほぼ田久保市長の姿勢に対しての疑義であり、政策や改革を訴える、といったものではないのです。
記事内のインタビューでは、
記者:大義なき市議会解散ともいわれるが。
田久保:30人そろったということが大義であったと考えている。私への賛否をメインにしている方もいるが、私はそれがメインではないと思う。どなたが議会に上がってくるか分からないが、ある意味新しい流れができることを期待している。
などと意味不明なことを発言し、おそらく誰一人納得させられないであろう持論を延々と展開しています。
市長への賛否こそが今回の選挙の争点のはずで、それを目的としているからこそこれだけの人数が立候補しているのに、私はそれがメインではないと思う、などとのたまう。完全に論点が破綻しています。
この社会というのは嘘や誤魔化しは付きものですが、それでも公然の場における主張や言説については、しっかりと筋の通ったものが要求されます。それがなくなると社会としての監視機能が成立しなくなってしまうからです。
みんなが一応は納得の行く説明をし、それに対して実現出来たか否か、という確認を後からするのですが、そもそもの発端である説明が支離滅裂では、スタートラインにも立てません。そしてそのような人は、公の場に立つべきではないという判断が下されます。
田久保市長は、この騒動が収まればまともな議論も出来ない一市民として排除されて行くでしょう。